宮内庁の人件費や事務費などを賄う宮内庁費(2007年度予算では109億4203万円)とは別に、天皇、皇族の生活や活動の費用として皇室費があり、予算計上と国会の議決を必要とすることが皇室経済法で定められている。07年度の総額は68億2427万円で、内訳は内廷費、宮廷費、皇族費に分かれる。内廷費は天皇と内廷皇族の日常の生計費で、毎年定額が支給され、宮内庁の経理する公金とせず、いわゆるお手元金となる。食費、服飾費などの生活費や、皇室祭祀の神事を行う掌典職員、私的研究を手伝う専門家など私的使用人の人件費を賄う。07年度は3億2400万円。宮廷費は、儀式、国賓・公賓などの接待、公的旅行、外国訪問など皇室の公的活動や皇室用国有財産の管理、皇居などの施設整備に必要な経費などで、07年度は62億2364万円。皇族費は天皇家以外の皇族に「品位保持の資」として毎年定額支給されるお手元金。宮家当主で3050万円。親王妃はその半額、成年の子は3割、未成年の子は1割。07年度は総計2億7664万円。他に、皇族が初めて独立の生計を営む際や結婚などで皇族の身分を離れる際に、一時金が支給される。内廷費、皇族費の定額は、皇室経済会議で改定。
Posted 3 months, 1 week ago at 9:49 AM. Add a comment
現在の皇室は大正天皇の子孫に限られていますが,1947年までは他にも伏見宮家の血統
に属する傍系皇族が11宮家ありました。
その11宮家とは山階宮家,賀陽宮家,久邇宮家,梨本宮家,朝香宮家,東久邇宮家,北白
川宮家,竹田宮家,伏見宮家,閑院宮家,東伏見宮家で系図にすると下記のようになります。
(11宮家は、その全てが北朝の崇光天皇(14世紀の天皇)の皇子栄仁親王を初代とする伏
見宮家20代当主の邦家親王を共通の祖としています。)
系図は嫡庶長幼の順に上下になっており、皇籍離脱時の宮家当主までを書いています。
(ただし、伏見宮貞愛親王は庶子であるものの宮家の後継者のため邦家親王妃の実子
(実の子として扱うこと)になっていたようで、これをもって邦家親王の唯一の嫡子系として
伏見宮家を11宮家筆頭とする意見もあります。
~旧皇室典範時代の伏見宮家は皇位継承順位では11宮家筆頭、皇族の序列では東伏見宮
家に次ぐ位置にあったそうです。
Posted 3 months, 3 weeks ago at 9:22 AM. Add a comment
2002年に急逝した高円宮憲仁さまと久子さまの間には、長女承子さま(22)、学習院大学で臨床心理学を学び、7月に成年皇族の仲間入りを果たした次女典子さま(20)、学習院女子高等科に在籍の三女絢子さま(18)がいる。公務で女王3姉妹が勢ぞろいするのは珍しい。
3姉妹の中で、いまでは「お騒がせ」という枕詞がすっかり定着しているのが、長女承子さまだ。9月21日、早稲田大学国際教養学部(略称SILS)に秋の「新入生」として入学した。早稲田の門をたたくのは、皇族で初めてのことだ。
Posted 4 months, 1 week ago at 11:12 AM. Add a comment
旧皇族(きゅうこうぞく)とは、1947年(昭和22年)に皇籍離脱した11宮家51名の元皇族及びそのうちの男子(26名)の男系子孫を指す俗称である。旧宮家ともいう。
離脱後に生まれた男系子孫については、過去に皇族であったことがないため「旧皇族の男系子孫」と呼ぶのが正確であるが、一般には彼らをも一括して「旧皇族」と呼んでいる。竹田恒泰によれば、宮内庁は1947年に皇籍離脱した11宮家51人の王、王妃、女王を「元皇族」、その中で当時宮家の当主だった王を「旧皇族」と定義しているという。
Posted 4 months, 3 weeks ago at 10:39 AM. Add a comment
《新高輪プリンスホテルは16階建てだが、部屋数がホテルニューオータニや京王プラザなどと並ぶ規模で、敷地の広さを主張する数字になっている。その広い敷地の一角に、やはり、古い洋館が建っている。
さらに、隣接した敷地に昭和46年に建てられた高輪プリンスホテル(418室)があるが、そこにも2階建ての洋館が附属している》(猪瀬直樹『ミカドの肖像』)
竹田宮にしても北白川宮にしても、今の日本人はほとんど聞いたこともないはずです。しかし、戦前は確たる地位を占めていた「皇族」です。
Posted 5 months ago at 1:23 PM. Add a comment
文化13年9月2日(1816年10月22日) - 明治31年(1898年)2月17日)は、日本の皇族。伏見宮邦家親王の第一王子。勧修寺宮済範親王。二品。
文化13年(1816年)に誕生、初名は清保(きよやす)といった。
Posted 5 months, 1 week ago at 2:48 PM. Add a comment
『日本書紀』では景行天皇の第二皇子。
『古事記』では第三皇子。
母は播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ)。
Posted 7 months, 4 weeks ago at 3:38 PM. Add a comment
古事記に登場する皇族
大俣王の子
菟上王と兄弟
開化天皇の皇子である彦坐王の孫
伊勢の品遅部、伊勢の佐那造の始祖
三重県多気郡多気町の式内社・佐那神社は天手力男神と曙立王を祀る
Posted 1 year, 9 months ago at 4:16 PM. Add a comment